第5回 フランス生活最後の1ヶ月で日本完全帰国の準備

5月半ばにフランスに戻り、いよいよ1ヶ月後に迫った日本完全帰国の準備を始める。

と言っても、夫はフランスに残り、そのまま私たちの家に一人で住み続けるので、私と息子はスーツケースに入る分だけの当座必要なものを持ち帰るだけ。本やCD、DVDの類はほとんどフランスに置いておく。息子にも「フランスの家には時々戻るから」と説明し、大量のミニカーコレクションの中から、お気に入りのものを15台ほど選ばせる。ただ、トミカのびゅんびゅんサーキットはどうしても日本に持って行くと言い張り、これが息子のスーツケースの中でスペースをたっぷり取ってしまった。

私の車は売ることにしたが、帰国前日に使う予定があったので、夫がその後に、ネットフリマなどを使って買い手を探すことに。

と、家を引き払い、家財を全て片付けて帰国する人たちに比べれば随分と楽である。

その他諸々の手続きであるが、まず、フランスの銀行口座は残しておくことにする。銀行に勤める知人に聞いて見たところ、フランスの滞在許可証の有効期間内で、フランスに住所があれば可能ということだったので。携帯電話の契約もインターネットの容量が最低限の格安プランに切り替えて、フランスの電話番号をキープしておく。家の固定電話とインターネット代は私の口座からの引き落としなので、夫が私にその分の料金を支払い、そのまま使い続けることに。健康保険もそのままにしておく。毎月高い掛け金を払っている相互保険について、夫が問い合わせたところ、「解約は年末のみ」などという腹立たしい返事が来たので、これも夫が年末に手続きをしてくれることになった。

月払いでずっと契約していた映画見放題パスも解約する。これはひと月二千円程度の料金でフランス国内の系列映画館および契約している一部の独立映画館で見放題という映画大国フランスならではの太っ腹なサービスで、映画好きの私としてはフランスを離れることに寂しさを感じた唯一の瞬間であった。

なぜ、完全帰国と言いながら、全ての荷物をまとめ、何もかも解約して日本に戻らないのか?

まずは夫がフランスに残っているので、しばらくは息子と一緒にフランスと日本を行き来する生活になるから。飛行機代が高いので、そう頻繁には「行き来」などはできないが。

それからもし万が一、息子が日本の生活に慣れなかったらいつでもフランスに戻れるようにしておくため。息子の様子を見ている限り、それはないと確信しているし、特に私は、施設にいる老親が今のところは何とか元気にやっているが、今後は衰えていく一方なので(父は齢、94歳だし)、日本を離れることは難しい。ただ、人生は何が起こるかわからない。

同時に、私たちの日本帰国を渋々承諾した夫とそれを快く思っていない義母に対して、「いつでもフランスに戻る気持ちがある」ということを示すパフォーマンス的要素もある。義母には、息子の発達障害のこと、私の両親のことや身内のゴタゴタなどを説明してあるが、それでも彼女にとって私は愛する自分の息子を置きざりにして可愛い孫を日本に連れて帰る身勝手な嫁である。ただ、もし夫が私たちと一緒に日本に移住したりすれば義母はもっと怒りそうだが。

そう、日本帰国の準備は物理的なものだけではなく、家族への配慮、家族に心の準備をしてもらうことも必要なのであった。

江草由香(えぐさゆか)/プロフィール
編集者・ライター・通訳・翻訳者・イベントコーディネーター。
立教大学仏文科卒。映画理論を学ぶために96年に渡仏し、パリ第一大学映画学科に登録。フランスでPRESSE FEMININE JAPONAISEを設立し、99年にパリ発フリーペーパー『Bisouビズ』を創刊し、現在日仏バイリンガルサイト『BisouJaponビズ・ジャポン』の編集長。個人ブログは『ビズ編集長ブログ』