第30回 笑顔の裏に、人生かけた陶芸魂 マリアさん2

職人祭りで州政府に与えられたアトリエで、子どもにろくろを教えるマリアさん(左)。子どもも両親も大喜び。

「わあ、マリアって、役所も認める大器なんだ」

マリアには、大きなアトリエが与えられていました。今年10月にトレドで10日間開かれたカスティーリャ・ラ・マンチャ州の職人祭り「ファルカマ」でのことです。彼女は州政府から、子供陶芸クラスの先生に任命されたのでした。

しかし、そんなことを何も自慢しないのが、マリアなんです。

前回の記事でも紹介したように、マリアの陶芸歴は、まだ4年。

そんな短期間で、普通は、そこまで成果を出せません。

「その才能って、何なの、マリア?」

「別に才能なんて、ないですヨォ。土を初めて触った時、『これだっ!』て感じがしただけで……」

マリアの可愛い顔に広がるのは、無邪気でやわらかな笑みだけです。

「私、もともと、写真だったんですよ。芸術高校の専攻が」

「ほお、高校で写真を」

「小さい頃から絵を描くのが大好きだったから、高校でアートをやろうとは漠然と思っていたけど。母が子どもの粘土細工の先生だったので、今から思えば、陶芸に来たのはそのせいかも」

「あなたはトレドの出身なの?」

「いいえ、トレドの近くの小さな村です。とっても閉鎖的で、考え方が四角四面な村だから、私には合わなくて。トレドの芸術高校では、みんなそれぞれ、好きなことをやっていたので、居場所を見つけた気がしました」

「写真を選んだのは、どうして?」

「写真に挑戦してみるのも悪くないと思ったんです。彫刻や絵や、いろんなコースがあったけど。大学では芸術写真を専攻しました。アナログも、デジタルも、ファッションやジャーナリズムも、写真のフィールドで必要なことは一通り学び、卒業してから23までプロの仕事をしてたんですよ」

16歳から23歳までの7年間は、現在27歳のマリアにとって、人生の4半世紀に相当します。

「仕事では、主に結婚式や記念写真を撮っていました。でも、だんだんフラストレーションが溜まっていって……」

「きっと疲れが溜まったのね。結婚式じゃ、仕事時間も長いもんね。照明もビデオも持ち歩くし、花嫁の支度から夜のパーティまで付き合うし」

「いいえ。違うんです」

「ん?」

「人の結婚式を撮るなんて、自分に嘘をつきながら仕事すること。それに耐えられなくなったんです」

マリアの顔から、潮が引くように笑みが消えました。

「私自身が、結婚という制度を信じていないから」

自分に嘘ーー?

「結婚式が劇場に見えて。もうできない、って思ったんです。写真は好きだから趣味で今でもたくさん撮るけれど、仕事にはできないって、はっきりわかったから」

首都マドリード市のカルメナ市長撮影の合間のマリアさん(右)。写真の会社は辞めたが、腕に惚れ込む仲間からは、今でも仕事を頼まれる。(写真提供:マリアさん)

そんなにいさぎよく写真を放棄できる人に、私は会ったことがありません。

彼女と私の違いについて、思いを巡らさざるを得ませんでした。

私も写真が嘘であることを知っています。どんなメディアも脚本のある虚構であり、意図や操作が加わることについて、専門的に勉強もしました。でも私は「フォトグラファー」をやめようとしません。この職業に、こだわっています。

私の中にある大きな嘘に、私はどうやって落とし前をつける気でしょう。

一方、写真という仕事にダメ出しができ、あっさりとやめたマリアは、全然こだわっていないし、もったいないとも思っていない。

マリアは言います。

「写真は、所詮、コンピューターの仕事です。原始のような土からは、比べ物にならない直感がきたんです……」

 

河合妙香(かわいたえこ)/プロフィール
ライター。フォトグラファー。国立カスティーリャ・ラ・マンチャ大学日本語学科講師。2020東京オリンピック事前誘致コーディネーター。個人事業主として大小様々な案件を請け負う。2002年よりスペイン在住。夏は初めて琵琶湖に行き、その大きさに驚く。彦根城、黒壁、安土城跡、近江八幡を見て、滋賀県の面白さを堪能し、京都から琵琶湖へ。滋賀とのつながりがわからないと百人一首もわからないということに今頃気がつく。日本はやっぱり広いなあ。