第31回 笑顔の裏に、人生かけた陶芸魂 マリアさん3

役所や州政府からも役所や州政府からも認められている新進気鋭の陶芸作家。
若干27歳。
意外なことに、陶芸歴はたったの4年。
しかも、もともとはカメラマンだった……。

そんなことを聞けば、「才能がある」という一言で片付けたくなります。

しかし、才能は、簡単に芽を出してくれるものではありません。
才能の開花には、苦闘がつきものです。

マリアの場合、待っていた現実が過酷でした。
スペイン未曾有の経済危機です。

2008年に始まったこの危機は500万人の失業者を生み、若者は2人に1人が失業という事態に。マリアの高校生活はその危機の始まりとともに始まり、卒業後はその波をもろにかぶったのです。

彼女がマドリードでしていた写真の仕事も、仕事量と収入は見合うものではありませんでしたが、それでも仕事があるだけ、恵まれていました。ところが、マリアは前向きに、つまり「心の声と違うから」と辞めたのです。

「自分を騙すと、前に進めなくなっちゃうんです、私」と、マリアは言います。

「お金のために他人の会社で働く人生が、どうしてもできなくて」

自分のアトリエで陶芸をするのだという心の声に従って、バイト代が比較的良いメノルカ島(イビザ島、マヨルカ島と合わせてバレアスレス諸島と呼ばれる地中海の島)で3ヶ月みっちり働き、アトリエの頭金、電動ろくろや素材を買う経費分を貯めることに成功。

先のことは考えず、心の思うままゼロから始めたところ、まさかの展開が起き始めました。

ろくろを回したいという人たちが、マリアを訪ねて来るようになったのです。

陶芸教室の始まりです。

「ろくろはリラックスできる新しいヨガだと、すごく流行っているんですって。びっくりしましたよ」

マリアは陶芸を教える意義も痛感しています。

「今のスペインで売られている陶器は中国製ばかり。それっておかしいでしょう? そんな状況を変えたいです。制作することで、生徒さんたちも50センティモ(約70円)で売っている皿と、値段の高い皿の違いに気がついてくれる。なぜか陶芸の世界では、職人たちは、釉薬も技術も秘密にしているんですけど、それもイヤで、私は自分のやり方はみんなに伝えています」

マリアの話を聞いているうちに、不思議なことに気がつきました。

作品の形が全部違うのです。

とても同じ作者の手によるものには見えません。

人に見てもらいたいもの、人に知ってもらいたい事件が、マリアの手を借りて形や姿となって、パーンと生まれてくるようなのです。

そう感想を告げると、照れ笑いを浮かべながら、少々ぶっきらぼうにマリアが言いました。

「これを見てください」

螺旋(らせん)で包まれた青いツボでした。

「これ、私がアトリエで初めて作った作品なんです」

「法螺貝(ほらがい)みたいねぇ」

「えへへ。海ですよ。私の体から、まず、海が出てきちゃった」

「海が? メノルカの海?」

「はい。島を去る前、4日間歩いて島を半周したんですよ。毎晩、満天の星が降るような浜で、波を聞きながら寝て、朝日とともに起きて。大自然がくれるエネルギーってすごいんですよ。そのエネルギーが、今も出てきて、背中を押してくれるんです」

「そういえば、この大皿も?」

プリミティブな幾何学模様の中に、浜を囲む森、砂浜や海岸の風景が描き込まれているようです。

ユーモラスな魚たちは、環境汚染が産み落としたミュータント。

愛くるしい表情に強いメッセージが隠れています。

パスタ用の製麺機に練った土を通して、1枚のラザーニャ生地を作る実験もしました。できた生地を顔に貼って型を取り、焼き上げたら、綺麗に割れた状態になり……。

それから生まれたのが、この顔。

「#MeTooっぽくて、時代にマッチしてません?(笑)。見る人が自由にメッセージを受け取ってくれたらいいなと思います」

「マリアは、写真を撮るように作品を作っている? どこかジャーナリズムっぽいよね」

「そうですか? 表現手段がカメラから土に変わっただけで、同じことをやっているのかも、私」

首をちょっとかしげて、マリアが不思議がりました。

「なぜか最近、写真の仕事依頼が急に増えたんですよ。新聞社からも。10年前にこうだったらよかったのに」

「神様が、心の声に従うマリアを応援してくれているんだよ、きっと。日本語には、『カネは天下の回りもの』と言う諺があるけれど、『カネは天使の回しもの』かもね」

「あはは、そうかな? 経営はまだまだ大変だし、何をするにも大金がかかるから、若いアーティストに対する補助金を行政が出してくれたらという希望はありますけど。ろくろ人気が続くといいなあ」

「お金の苦労をしないで成功する人はいないよ。すごいね、マリア。やりたいことをして生きる夢を、確実に叶えているじゃない!」

そう。自分の人生を賭け、心の声に従って生きることが、夢を叶える最短距離だと、マリアは身をもって示してくれているのです。

「マリアは、職人? それともアーティスト?」

「あはは、聞いてくれますねー! 食器やアクセサリーを作る時は職人。心に浮かんだものを形にするときは、アーティスト、かな? 作品を少しずつ作りためて、いつか個展をやってみたいです」

その日を、私は今から心待ちにしています。

河合妙香(かわいたえこ)/プロフィール
ライター。フォトグラファー。国立カスティーリャ・ラ・マンチャ大学日本語学科講師。2002年よりスペイン在住。ヨーロッパの雑貨やインテリアについて『美しい部屋』、『かわいい生活』、『ナチュリラ』、『GINA』等に連載してきた。最近は2020東京オリンピックのコーディネートに関わるほか、事業でカバンのアトリエを数多く訪問。よい職人技に惚れ惚れする日々を満喫中。