第1回 I Love New York

「人生はクローズアップすれば悲劇。ロングショット(ズームアウト)すれば喜劇」とチャップリンが言ったそうだが、この映画人らしい人生観に深く頷ける。かれこれ20年以上、ガイドブックや雑誌、ビジネスアシスタントなどの仕事で旅をしているが、そもそも “人生”そのものが、“旅”だと思う。私の人生は、さしずめ『NY発パリ経由ノルマンディー不時着』。長年の夢を叶えるために一人で出かけたニューヨークが、私の人生を変えた出発点になったからだ。

小学校に上がると同時に電子オルガンを習い始めた。演歌が嫌いで、日本の歌謡曲より、7つ年上の兄が買ったステレオで洋楽を好んで聞く子供だった。数年後、自分が好きな曲はデューク・エリントン、スティービー・ワンダー、そしてアントニオ・カルロス・ジョビンのいずれかの作品が多いことに気がついていた。当然、ラジオで流れる洋楽ヒットチャートに加えて、この 3名に関連する音楽を探して聞くようになった。

デューク・エリントンから延長したジャズ全般、スティービー・ワンダーから延長したソウル、ブラック・コンテンポラリーやリズム&ブルーズ、そしてアントニオ・カルロス・ジョビンなどのボサノバを好んで聞いた。70年代は頻繁に「I ♡NY」というニューヨークの観光誘致キャンペーン・テレビスポットも流れ、高校生の頃から「本場で、ジャズやソウルのライブを聞きたい」と思うようになっていた。

「働き始めたら、お金をためてニューヨークへ……」とは思っていたものの、就職しても貯金はなかった。毎月母に借金をしつつ(年二回のボーナスで必ず返金したが……)独身貴族生活を謳歌していた。大した額でもない私の給料は、友人との飲食やデザイナーブランドの洋服、そしてジャズやロックのコンサート代などで瞬く間に消えていった。この頃の日本は円高ドル安、バブル時代で、外国の大スターが日本縦断ツアーにやってくるようになったので、私の住んでいた名古屋でさえ、行きたいコンサートやライブは、週に一回以上あった。

夜な夜な一緒に出かけていた親友がある日、「ニューヨーク、行きたいんだろ? いくらかかるの? 」と私に聞いた。実際に自分で予算を立てたこともないので、とっさに「いやー、いくらくらいかな……。百万円くらいかな。」と答えたら、「貸してやるよ、百万円。行ってこいよ、ニューヨーク。」と言った。

これには動揺した。私の金使いの荒さを知っている彼は、「こいつ、このままじゃ、一生ニューヨークへ行けない」と思ったのだろう。この申し出には感涙だが、いくら仲の良い友達でも、百万円という大金を借りるわけにいかない。ニューヨークへ行きたい、行きたいと言いふらす反面、旅行資金を全く貯められない自分の意思の弱さを恥じた。

この日、やっと旅行貯金を始める決心をした。

Tomoko FREDERIX (ともこ・フレデリックス)/プロフィール
1994年より在仏。トラベル&文化ライター、コーディネイター業などのかたわら、ウェブマガジンFrench Culture Magazine(www.frenchculturemagazine.com)で独自にフランスの情報発信をしている。2019年から、在仏25周年未亡人歴20周年を記念した当エッセイを連載し、将来はフランス在住邦人女性の未亡人体験談をまとめた〈ヴーヴ・ジャポネーズ達のフランス(仮)〉、〈私小説・NY発パリ経由ノルマンディー不時着(仮)〉を発刊予定につき、出版社を募集中。