第257号/田中ティナ

ウィンタースポーツのジャッジをすることもある私はこの8月、スキー大会の手伝いで2週間ほどオーストラリアに滞在した。カンガルーやウォンバット注意の道路標識を目にしつつ6時間かけてスキー場に車を走らせながら、ジャッジ仲間のゾーイがオーストラリアの先住民族について教えてくれた。オーストラリア生まれの彼女、父方はレバノンから母方はポーランドからの移民だという。アボリジニについては、世界それぞれの地域で今も未解決となっている先住民族問題のひとつとしてこころの隅で意識はしていたけれど、オーストラリアで生活している彼女の口から彼らの歴史や現在の話を聞くと、その痛ましさに問題の深さを思い知った。

まず、建国記念日と称されるオーストラリア・デー(1月26日)はオーストラリアに暮らすすべての人にとって喜ばしい日ではないという。18世紀にはじめてイギリスの入植者が到着した記念すべき日は、4~5万年前からこの地に暮らしていた先住民族にとっては、侵略開始の日として認識されているからだ。このため、日程変更の機運も高まっているそうだ。

そして、アボリジニへの不当な行為について政府として正式に謝罪したのは2008年、当時のラッド首相による議会での演説だった。今からたった11年前まで、200年以上に渡ってうつうつとした気持ちを抱えて暮らしてきた彼らの胸の内を想像すると心が痛んだ。

もっとも衝撃的だったのは、「ストールン・ジェネレーション」の存在だ。政府は1960年代まで白人社会に適応させる目的でアボリジニの子どもを親や兄弟から隔離し、収容施設で生活させながら教育する保護隔離政策を実施した。親から離されたことで感性豊かな子ども時代にアボリジニの文化に触れ民族としてのアイデンティティを確立する機会が奪われた。また、施設での虐待行為がトラウマとなったなど、現在も制度の犠牲となった多くの方々に暗い影を落としている。

さらに今30代のゾーイいわく「わたし世代が学校で習った歴史といえば海外についてで、自国の歴史を勉強するチャンスはなかったのよ」と、これまた衝撃発言だった。

それでも、自国の国家政策がもたらした苦しみが現実にあることを認識し、隠すことなく伝えてくれるゾーイの言葉を聞いているうちに、次第に明るい気持ちになった。彼女のような人がいる限りオーストラリアの先住民族問題には、いつかは朗報がもたらされるにちがいない、と。

(スウェーデン・エステルスンド在住/田中ティナ)