第19回 病院研修(その5)バックスタビング

登録技師になるには、まず筆記試験を受け、70パーセント以上正解すれば一次をパスする。そして実技や質疑応答をメインにした二次試験に受かって、ようやく登録技師になる。私とスタディグループの仲間は、学生のうちに、一次である筆記試験をすませてしまおうと決めた。週末も一緒に勉強したかいあって、全員なんとかパスすることができてほっとした。

年が明け、ハリウッドスターもお忍びで来院するというロサンゼルスにある大学病院で研修することになった。するとクラスメートから、この病院には一次試験さえパスしていない男性技師がいて、いやがらせを受けたから気をつけるようにと忠告された。私は、この男性から英語でいう“バックスタビング”(backstabbing、直訳すると背後から刺す。同僚を陥れる、という意味)にあうことになる。

男性技師のディエゴ(仮名)は、仕事の合間に筆記試験の問題集を食い入るように見ていた。彼は私からテストの情報をゲットしようとせず、話しかけてもこなかった。学生の私がすでに一次試験をパスしていることが、気に食わないようだった。

脳波検査は、頭につける電極の位置が決まっている。患者の頭の長さを測り、そこから10パーセント、20パーセントと計算する。これは国際10/20法と呼ばれ、どの国へ行っても同じだ。二次試験ではこのテクニックも試されるが、1センチメートル以誤差があると不合格になってしまう。

ディエゴの補助として検査に行くと、彼は私に患者をさわらせず、片付けなどをやらせた。ある日、思い切って外来患者の検査をやらせてもらえないか、と頼んでみた。これが、まずかった。彼は信じられないといった表情で私を見てから、はきすてるように言った。

「俺は、男だぜ。でも、そんなにやりたいのなら、やらせてやるよ」

私は不快な気持ちのままセットアップの準備をし、患者の頭の大きさをはかるために巻き尺を取り出した。するとディエゴが、きっちりとはかると時間がかかるので、目分量でやるように言う。彼が最後にチェックするから問題ない、というのだ。しかたがないので私は手と指先を使って、距離感を確かめてセットアップを終えた。すると、彼は確認するからと言って私の電極を動かし、私の設定した電極の位置をかなり変えたあとで、マネージャーを呼びに行った。マネージャーは巻き尺を取り出して、私の配置をミリメートル単位まで測って書き込み始めた。

「ヨーコ、全くなってないじゃない! これでは二次試験にパスできないわよ」

まさか、学生の私にバックスタビングをするとは。患者の前で事情を説明することもできず、この日は終わった。ディエゴからいやがらせを受けたクラスメートのクレアに、このいきさつを説明した。クレアから、先生とマネージャーに、彼から陥れられたと訴えるように言われた。勇気を出して、この出来事を話すと先生もマネージャーも納得してくれた。

それから数年後、ディエゴは解雇されたと知った。登録試験をパスしないまま。

 

伊藤葉子(いとうようこ)/プロフィール
ロサンゼルス在住ライター兼翻訳者。米国登録脳神経外科術中モニタリング技師、米国登録臨床検査技師(脳波と誘発電位)。訳書に『免疫バイブル』(WAVE出版)がある。