第22回 病院研修(その6)就職先を考え始める

ハリウッドスターもお忍びで来院するという、ロサンゼルスにある大学病院で研修していた時のことだ。アフリカ系のジェニー(仮名)という、30年以上経験がある女性技師がいた。私たちの先生もよく知っているという。年齢を推測してみると50歳以上だと思われるのだが、私より若々しくてスタイル抜群。じっと見つめていたくなるような美貌の持ち主だった。きさくで優しい彼女とは、気持ちよく働くことができた。

ただ彼女は、技師登録試験に合格していなかった。以前は病院側もうるさくなくて、試験にパスしていなくても普通に働かせていたという。そのため、テストを受けるチャンスを逃してしまった。最近では、テストに合格していない技師の採用に関して病院と保険会社が、うるさく言うようになってきている。ジェニーは、筆記試験の勉強をしていた。私が最近テストにパスしたことを知るや、ことあるごとに質問を浴びせた。練習問題を私に見せ、にっこりと笑いながら言った。

「ねえ、どんな問題が出たか覚えている? この質問なんかどう?」

彼女にはお世話になっているから、私はできるだけヘルプしたつもりだ。

あと数か月での卒業を控え、就職を考えなくてはならないとジェニーに話した。クラスメートではすでに雇われている人、就職したい具体的な病院を決めた人がほとんどだった。私は何も決まっていなかった。ジェニーは以前、ロサンゼルス郡立病院でマネージャーをしていたと言った。

「あの病院は、新生児から老人まで来るわよ。心療内科、刑務所塔もあって、いい経験になるから履歴書を送ってみたらどう?」

ロサンゼルス郡立病院はベッド数が600床、研修医が千人ほどいる大病院で、テレビ番組がよく撮影される。公立病院で、ホームレスや不法移民といった患者もいるという。ここの脳神経内科検査部門にはベテラン技師が多く、勤続20年という職員もいるそうだ。

登録二次試験には、異常を示す脳波検査記録を二種類もっていかなくてはならない。しかもきれいに記録されていることが条件なので、かなり時間がかかりそうだ。ジェニーによると、ロサンゼルス郡立病院で検査をしていると、毎日のように異常のある脳波が見られるというのだ。

「教科書に出てきた例を、実際に見ることができるの。群立病院で仕事したら、どこでも通用する技師になるわよ」

自宅からロサンゼルス郡立病院は、およそキ65キロメートル。東京から茨城県の土浦、神奈川県の平塚あたりといった感じか。ただし、交通渋滞がひどくて通勤時間が不安だ。息子たちはまだ幼稚園と小学校低学年で、手がかかる。でも興味がわいてきた。

伊藤葉子(いとうようこ)/プロフィール
ロサンゼルス在住ライター兼翻訳者。米国登録脳神経外科術中モニタリング技師、米国登録臨床検査技師(脳波と誘発電位)。訳書に『免疫バイブル』(WAVE出版)がある。