2011年4月、雪解けがすすむころ、私たちの「古民家再生」プロジェクトも再開した。
アパートの契約も6月いっぱいと家主に連絡。引越し期限を明確にし、まさに背水の陣で臨むリノベーションプロジェクトだ。
去年引っ越すことができなかった最大の理由である、飲み水を確保するべく、目の前の川の水位が低い4月21日に井戸掘りを開始。4メートルを目標に大きな穴を掘る。井戸として高さ60cmのセメントリングを7つ重ねた。リングの中、底にたまっている水の深さは前の川が涸れているこの時期でも1m50cmは維持しているので、真冬でも水道から水がでなくなることはないだろう、と一安心。
パワーショベルで穴を掘り3段重ねにしたコンクリートのリングを設置(左)。
リングのまわりを土で埋め足場を確保しながらさらにリングを重ねてコンクリートですきまを補強。
飲み水なので水質検査を手配した。結果はバクテリアの量が基準値より100分の2ほどオーバー。掘りたての井戸は土が落ちつかなかったり、セメントリングの内側の汚れが水に混じったりするので、よくあるケースだという。「時間がたてば落ちつくでしょう。気になるようだったら2カ月くらいたったら再チェックするといいわ」、とご担当。カルキなど天然成分の濃度も問題なしと、うれしい知らせだった。
汲みあげ用ポンプ、2階まで水を送るために必要な圧縮タンク、そして細かいゴミなどを取り除くための浄水機を接続し、我が家の上水システムは完成した。
ただ、完成といっても、純白のフィルターが一両日で茶色に染まり水のとおりが悪くなったり、ポンプが思うように水を吸いあげない、といった小さな問題は日常茶飯事。また、作業を続けるなかで、カナヅチで釘を打つというような大工仕事以外の細かなこと、たとえば道具や資材の調達、人手を頼む場合は日程調整、掃除機かけやゴミのかたづけなどこそがリノベーションには不可欠なのだと再認識した。個々の問題を根気よくクリアすることで、ゴールには着実に近づいているのだ。
5月、壁板の間の溝をスムーズにする作業にとりかかる。壁板の素材は石膏。この上にペンキを塗ったり壁紙を張って最終的に壁を仕上げるのだが、板と板の間にふくらみやくぼみがあると壁紙を貼ったときに、ライトの具合で影ができたりして、気になることもあるという。作業は地味で単純。まず、ギャップが平らになるようにこてで白いペーストを埋める。一両日乾くのを待って、紙やすりで余分なものを削る。たりない箇所にもう一度同じ作業を繰り返しギャップが感じられないように仕上げる。石膏を削りとって滑らかにする作業だからとてもほこりっぽい。マスクをつけても、のどがイガイガする。作業は壁板のあるところすべて。居間、キッチン、ベッドルーム、お風呂場も、つまり家全体に及ぶ。作業中の率直な気持ちは、「こんなほこりっぽいところに本当に住めるの?」。家の完成というゴールに向かって歩を進めているのは確かなのだけれど、その道の険しさにため息が出た。
壁や床の下準備が完成しそうなころ、バスルームや玄関のタイルと各部屋の壁紙をオーダーした。色合い素材などをあれこれ吟味するのは地味続きの改築作業の中でとても楽しい瞬間だ。
スウェーデンでは玄関で靴を脱ぎ、家の中では日本のように靴なしでリラックスするのが一般的。といっても、玄関のしつらえは一段下がった日本のような形式ではないので、外からのゴミなどが玄関付近に散らばりやすい。「日本みたいに靴を脱ぐところをぜひつくりたい」とふたりのたっての希望でエントランスは1階の床から一段さげ、さらに冬、雪で湿った靴などが乾きやすいように床暖房完備のタイル張りを計画した。
グラスウール製熱材から身を守るため完全武装。家の外からプラスチックチューブを通し大きなブローアーで断熱材を送り込む。
真冬はマイナス30度以下になることもあるこの地方。暖房費のコストも考え、家の断熱効果を高めるため、以前は倉庫として使っていた屋根裏には熱交換式の換気システム機材を設置。残り部分には機材を拝借し、断熱材を1mほど吹きこんだ。
話はリノベーションからそれるのだが、7年間暮らしたアパート退出のことをちょっと。
こちらでは、とくに敷金礼金はないけれどアパートを出るときには入居したときのように整えて引き渡すのが基本。年月の間に老朽化した壁紙などは別にして、備えつけの冷凍冷蔵庫、オーブン、調理レンジ、お風呂場周りなどはピカピカに磨きあげての返却となる。お世話になった我が家、一生懸命掃除をしたのだが、引渡しの日、オーナーはバケーションで不在。「次の借主に状況を説明して、鍵をひきついでね」と、部屋の汚れや損傷箇所をチェックするでもなく、オーナー夫人は去っていった。そして次の借主は、「壁紙を全部張り替えてリニューアルするから汚れていても気にしないわ」と、鍵を渡したときに一言。3日かけてきれいにしたのに、とちょっと唖然。でも、長年お世話になった部屋を心をこめて掃除できてよかったと思う今日このごろなのである。
6月末の時点で引越し先の我が家は未完成だったので、ひとまず荷物は友人から拝借したトラックにつめ、必要なものだけ、リノベーションしている家のとなりに建つ、義母のサマーハウスに搬入。そちらで生活しながら作業を続けることにした。
《田中ティナ/プロフィール》
エステルスンド在住。ライター、写真撮影、翻訳業。冬はフリースタイルのジャッジとして活動。2010年より義母より譲り受けた古民家を本格的に改築開始。2011年秋、念願の引越し完了。その後も作業継続中。涙あり笑いありの現場では親方である夫のパシリです。