第2回 非常識なのは誰?

少し前の話だが、ミシガン州デトロイトの大リーグ球場でちょっとした事件があった。

大学教授が小学生の息子を連れて野球観戦にやってきた。息子がレモネードを飲みたいというので「マイクズ・ハード・レモネード」という飲み物を買い与えた。

実は「マイクズ・ハード・レモネード」は、テレビCMなどでよく見かけるアルコール飲料。大学教授はあまりテレビを見ない人だったのだろう。この飲み物を「レモネード」だと信じて購入した。

球場の警備員が近づいてきて、子どもが手にしているのはアルコールが入っていると指摘。大学教授の息子は病院へ運ばれ、アルコールの影響を受けているかの検査を受けた。結果は異常なし。

子どもの心身は全く傷ついていない。父親は新しいアルコール飲料という世俗的な情報に疎かったと笑い話で片づけても、問題にならなかったはずだ。

しかし、親による危険な行為があったとして、子どもは施設に緊急保護された。数日後に公的機関の調査が終わるまで、保護者が自宅に連れて帰ることは認められなかった。緊急保護された小学生の息子は泣き続けていたという。子どもを守るための対応が、逆に子どもを傷つけた。

この事件の本末転倒さ加減には、米国人も衝撃を受けたらしい。ミシガン州では事件から4年後に、子どもの緊急保護基準を見直す法律が施行された。

このテの話は少なくない。

幼児が入浴している様子を写真撮影し、スーパーマーケットでプリントアウトしたところ、スーパーの店員が「児童ポルノかもしれない」と考え、警察に通報した話。

6歳の女児が自宅から図書館まで歩道を歩いていたところ、その姿を見かけた人が警察に通報した話もある。父親は、警察から、学齢期の子どもが住宅エリアの歩道を歩くことを禁止する法律はないと説明されたので、数日後、女児を近くの郵便局までひとりで歩かせ、手紙を投函するという手伝いをさせた。その直後から育児放棄の疑いがあるとして、公的機関の職員による調査を受けている。

私は、児童ポルノは犯罪であるし、決して許すべきではないと思っている。子どもにアルコール飲料を飲ませるのもダメ、大きなケガや事件に巻き込まれないように目を配るのも親の役目だと思っている。不審な何かを見かけたら、警察に通報するのも良識ある市民の務めだろう。

しかし、ちょっとしたハプニングのたびに親が加害者とみなされるのは、息苦しい。親が安全対策をしたうえで、子どもに少しの冒険をさせることは、育児放棄なのか。規則や理念に固執して、現実が置き去りになっているということはないだろうか。常識的に子どもが傷ついていないと思われるケースなのに、ただちに親を加害者と見なすのはどうかと思う。

どうかと思うけども、子どもは守られなければならない。親の立場からこんなことを言っている私の考えがよほど甘くて、非常識なのだろうか。

谷口輝世子/プロフィール
デイリースポーツ社で1994年よりプロ野球を担当。1998年に大リーグなど米国スポーツ取材のために渡米。2001年よりミシガン州に移り、通信社の通信員などフリーランスとして活動。プロスポーツだけでなく、米国の子どものスポーツや遊び、安全対策、スモールビジネス事情などもカバーしている。

著書『子どもがひとりで遊べない国、アメリカ』(生活書院)、『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)、章担当「スポーツファンの社会学」(世界思想社)。主な寄稿先 「月刊 スラッガー」(日本スポーツ企画出版社)、体育科教育(大修館書店)