第9回 新生児集中治療室

新生児集中治療室は、英語で”Neonatal Intensive Care Unit”という。省略してNICUと呼ぶ。早産児、低出生体重児、なんらかの疾患がある赤ちゃんが保育器の中で見守られている。妊娠満期は40週で、37週未満で生まれた赤ちゃんは早産となる。

手を入念に洗い、専用のガウンを着用してから入室する。脳波検査のため、多いときは一週間に数回NICUへ行くこともあった。ある日、23週で生まれたという患者を見て「うわあ、小さい!」と言ってしまった。失礼だとは承知してたが、ねずみくらいの大きさに見えたからだ。すると、担当の看護師から思い切りにらまれた。

「この子はね、かなり大きくなったのよ。失礼な!」

NICUの看護師は我が子のように、小さな患者を必死で守っている。私は自分の非を恥じ、余計なことは一切言わないことを学んだ。

ある日、NICU患者の検査依頼があった。苗字が数字の13となっており、名前はジェームス(仮名)とあった。誕生したのは、38週と“見積もられている”と書いてある。不思議に思いながらNICUに入り、実際に患者のところへ行った。

この13君は、黒髪で肌はオリーブ色。身体自体はしっかりとして大きく、未熟児でないのは明白だった。しかし彼は目をつぶったまま、全く動かない。私は出産前に赤ちゃんの心肺蘇生法のクラスを受けたことを思い出した。13君は、蘇生法の練習で使ったマネキン人形のようだった。呼吸するためのチューブ、脳を守るために体温を下げる特殊なマットが設置されており、重症であると分かった。私のほかに、呼吸療法士、超音波技師も13君に関わっている。

13君の母親は統合失調症で、ホームレスだった。

「身体の中の何かが破裂した」

救急病院でそう言った。彼女のパンツの中から出てきたのが、13君だった。記録によると、この時点では呼吸をしていなかった。ジェームスとは病院の職員がつけた名前だった。患者記録のあるファイルを持つ私の手は汗ばみ、緊張した。

検査のセットアップは大変だった。自分で呼吸できないため、チューブが多数つながっている。その下をくぐり、せまい場所で作業する。そばにいた呼吸療法士が言う。

「そのチューブがこの子の命をつないでいるんだから、気をつけてよ! ああ、ヨーコのガウンの袖がチューブに触れちゃってる。分かってるの?」

私は13君の検査を数回行ったが、毎回汗だくだった。13君が目を開けたり、動いたことを一度も見なかった。

経験30年のベテラン技師であるデビーは、彼は二週間もたないだろうと言った。やはりベテランのスージーは、生き延びるのではと言っていた。彼の検査依頼が来なくなり、忘れかけていた。ある日、NICUの医師とエレベーターで会った際、彼のことを聞いてみた。

「別の施設に移ったわよ。自分で呼吸もできないしね」

13君はまだ生きていた。彼のような患者がこれ以上出ないように、祈ろうと思った。

伊藤葉子(いとう・ようこ)/プロフィール
ロサンゼルス在住ライター兼翻訳者。米国登録脳神経外科術中モニタリング技師、米国登録臨床検査技師(脳波と誘発電位)。訳書に『免疫バイブル』(WAVE出版)がある。