夏樹 (フランス・パリ在住)
最近、私たち夫婦は慢性の寝不足だ。


この界隈の中学生のあいだでは、「夜中にこっそり家を抜け出して街を徘徊すること」が流行っているからだ。


まず、警笛を鳴らしたのは、アルチュールのママン、パスカルだ。


「うちは、もう数ヶ月前からよ。夜中に勝手に外に遊びに行っちゃうの。同じ学校の女の子のお母さんから電話がかかってきて、初めて知ったんだけど。アルチュールとその女の子とほかの何人かで、夜通し外にいて、その女の子は午前3時に、キャフェの地下のトイレに行こうとして階段から落ちて救急車で運ばれたのよ。それで、病院から家に通報されてバレたんだけど、お酒が入っていたんだって」


アルチュールは幼稚園のときからの息子の友だちだ。夏休みは私が預かったこともあるし、文字通り、お尻だって洗ってやった子だ。両親だって、きちんと子どもの面倒はみる、放任主義とはほど遠い人々だ。絶対にゲームボーイを買ってあげなかったし、テレビも禁止、マンガも遊戯王カードも許さない家庭で、教育という面では、適当に妥協した私より徹底していたかもしれない。


「きちんと育てたつもりだったのに」と、パスカルは途方に暮れていた。アルチュールが小さかったときは27m平方に家族3人で住んでいたのだが、中学生になった子どもには狭過ぎるし、親だってカップルとして個室が必要だ。そこで、同じ階の空き部屋一室を借りて、アルチュールの個室にしたのだが、それが悪かったらしい。彼には自分専用の玄関があるので、夜中でも、勝手に出て行ってしまうのだ。「外から鍵をかけるわけにもいかないでしょう、だって、火事になったり、具合が悪くなったりしても閉じ込められたままになっちゃうもの」


「困ったね」なんて言い合っていたのは、まだ私たちが暢気だったのだ。


先週の土曜日の夜、私は早く寝ついた。午前1時頃、なにやら中庭から物音が聞こえたような感じがして目が醒めた。カーテンを開けて見てみると、なんと、息子が寝ているはずの二階にハシゴが架かっていて、暗闇の中、誰かがハシゴを押さえているではないか!


「そこで何してるの!」


と、近所迷惑も考えずに窓を開けて怒鳴ると、小さな影は逃げて行った。息子の部屋に行ってみると、ちゃっかり靴を履いておでかけスタイルだった。


「おなかが空いたからシシケバブ(深夜営業しているお店で買うトルコ風サンドイッチ)買いに行こうと思って……」


「シシケバブなんて言い訳言ってるんじゃない! 中庭にいたのはいったい誰なの? あんたたちは携帯電話で打ち合わせて、みんなで外に遊びにいくつもりだったんでしょう!」


「いや、だから、その、シシケバブ買ったらすぐ帰ってくるつもりで……」


こちらの剣幕に押されたのか、敵は「ママ、落ち着きなよ。近所迷惑だし、ほら、静かに静かにシーッ」などと言ってなだめにかかるが、火に油を注ぐ結果になる。


翌日の昼食時、前日の事件で寝不足の親子3人は放心状態で黙々と食べる。夫が、これから土曜日の夜は携帯電話はとりあげる、ハシゴは鎖で縛って鍵をつけることにした、と言うと、坊主は突然泣き出した。


「もう二度と、夜中に散歩できないの? みんなしてるのに。パパだって兄弟3人で夜中に家出して朝帰りしたって威張ってたじゃないか!」


夫が子どもだったとき、兄弟3人で夜中にこっそり家を抜け出したことがよくあったそうだ。気づいた父親は、ドアを薄めに開けて、その上に、水を入れた空き缶を並べておいた。明け方帰ってきた子どもたちがドアを開けると水が入った缶が落ちてきて、みんな水びたし。石畳の上に落ちた缶は派手な音を出し、その音で起きて来た父親にビンタを食らったという話だ。親類が集ったときなどにみんなが笑っていた、こんな思い出話をおぼえていたらしい。


「ばかやろー。それは田舎での話だろ。こんな都心で誰がそんなことするか? 」


と、苦しい言い訳をする夫の横で、私も思い出していた。


車で迎えに来てくれたボーイフレンドと落ち合うために2階のベランダから庭の壁に降り、それからボイラーの上に足をかけて庭に降りて家出した17歳の夜。ちょっと冷えた夜風を胸いっぱい吸うと、羽でも生えたかのように、身軽になった。あの夜の匂いは、今でも憶えている。


いけないことは楽しい。それはわかってあげられるのだけれども、やっぱり母も、静かに眠りたい……


≪夏樹(なつき)/プロフィール≫
フリーランス・ライター。在仏約20年。パリの日本人コミュニティー誌「ビズ・ビアンエートル」や日本の女性誌に執筆。