第4回 通訳と翻訳、どっちが楽か

どっちが楽かと書いたが、通訳は口頭で、翻訳は文章にするものであり、ともに言語作業でありながらまったく違う。だから簡単に比較できず、それぞれ違った楽しさと大変さがある。どちらが好きか、どちらを楽と感じるかは好みの問題だろう。

私は一発勝負の通訳の方が向いている。集中して脳みそを酷使し、瞬時に言葉を置き換える。通訳するときの雰囲気も好きである。知らない人、未知の分野と出会え、刺激的である。意味を通じさせるのが目的なので 、細かい言い回しは割愛する思い切りも必要である。単語の綴りがよくわからなくても、発音ができればよい。黒子に徹して、言葉をしゃべる機械となる。

一方、翻訳は机に長時間向かう地道な仕事である。 外国語から母国語に訳すのが基本で、緻密に言葉を積み重ねていき、一つの間違いも許されない。「もっといい表現があるのではないか」「この単語の訳はこれでいいかな」などと考え始めると、いくら時間があっても足りない。同じ文章をこね回しすぎて、自分では意味が通っているつもりでも、他人が読むと体を成さないこともある。私は商業的や学術的なものを少々、そして役所や裁判所の書類をときどき翻訳する程度なので、翻訳ソフトは持っていない。翻訳ソフトを駆使している友人によると、自動翻訳されるテキストをマウスで手直ししていけばいいそうで、かなり楽だとか。

以前、うっかり日本語からドイツ語への翻訳を引き受けたことがあった。歴史名所の案内パンフレットだったのが、まず日本語がよくわからない。 さらっと読み流す分には支障ないが、訳すとなるとすべて理解していなければならず、主語と述語が一致していない文が多々あることに気づく。さらに地名や時代、歴史的背景など最低限の知識があることが前提となっており、そのままドイツ語に訳してもまず理解されないだろう。しかし依頼主はそれでいいという。四苦八苦して訳し、ドイツ人の知り合いにネイティブチェックを頼んだ。それでも不安なので、もうひとり、またひとりと結局4人にチェックを頼んだが、言うことがまちまちで余計混乱した。母国語でない言語は自分でチェックできない。大人になってから学んだ言語の、細かい言い回しまで完璧にはできない。日本語からドイツ語への翻訳は二度としまい、と誓ったのはいうまでもない。

田口理穂(たぐちりほ)/プロフィール
1996年よりドイツ・ハノーファー在住。ジャーナリスト、ドイツ州裁判所認定通訳・翻訳士。
電子辞書をもらった。これまで紙の辞書一辺倒で、調べた単語に赤線や青線を引いてきた。線のあるなしで以前調べたことがあるかわかり、あーあ、またこの単語ひいちゃったと思うことしばしば。例文がぱっと目に入るのも気に入っていた。けど最近の電子辞書は、例文も思いのほか充実しているのですね。文明の利器に乗り換えるときがきたか。携帯もいよいよスマートフォンにしようか思案している。