第17回 病院研修(その3)

授業がない夏休みは、週に5日の病院研修だった。自宅から30分弱で行ける、カソリック教会系の病院に決まった。事前に生徒がつけるバッジや、職員用のパーキング券などをもらいに行って受付の女性と話した。なんと、毎回カフェテリアでランチを無料で食べられるというのだ。しかもグエンさんというベテラン技師が、よく面倒みてくれるという。

神経内科検査室は、フルタイムの技師が一人と、週に2回だけ来るパートタイムが一人いるだけだった。ベトナム系女性のグエンさんが検査室を仕切っているような感じだった。研修第一日目、自己紹介をしたと思ったら、すぐに患者のセットアップをするように言われた。グエンさんがいつも横にいてチェックしているが、かなり私に任せてくれた。技師としてのテクニック、セットアップのコツなど伝授してくれたし、何か質問するとよく説明してくれた。チャンスがあると神経内科医師に、私を紹介してくれた。名刺を差し出し、「卒業したら連絡してね」と言ってくださる先生もいた。

グエンさんは、会話の内容から教育熱心な家庭に育ったのではないかと思えた。兄弟姉妹には弁護士、神経内科医師がいるそうだ。とてもシャープなグエンさんだが、彼女の英語はなまりが強くて分かりづらい時があった。しかも英語は私の母国語ではないせいか、お互いに理解し合うのに時間がかかることがあった。こういった様子を見かねたのか、受付の女性が私に言った。

「医師、看護師、そして職員とのコミュニケーションは重要よ。だからね、英語をしっかり勉強しなさい。あなたの将来のためにもね」

この言葉は、いつも私の中にある。

グエンさんは検査だけでなく、備品の管理や検査結果のCD作成といった雑用までこなしていた。この病院では、子どもから年配の患者まで全て検査をする。グエンさんは独身で子なしなので、患者である子どもたちに読み聞かせる本を持っていないだろう。私は息子たちが卒業した本を、グエンさんに渡した。検査のセットアップをしている間に、少しでも子どもの気がまぎれるようにと思ったが、かなり役に立った。毎日、ランチとコーヒー・ブレイクをともにし、プライベートな話もした彼女とは、今でも連絡を取り合っている。

研修が半ばを過ぎた頃、この病院が近くにあるほかの病院を買収することになった。すると、そちらの施設でも検査をする可能性があるそうだ。備品を整理していると、グエンさんが私に切り出した。

「もう一人、パートの技師が必要になるかもしれない。ヨーコ、やる気ある?」

夫とクラスメートに相談し、応募してみることにした。用紙に記入して履歴書も渡した。少しずつ、就職が現実味を帯びてきた。

伊藤葉子(いとうようこ)/プロフィール
ロサンゼルス在住ライター兼翻訳者。米国登録脳神経外科術中モニタリング技師、米国登録臨床検査技師(脳波と誘発電位)。訳書に『免疫バイブル』(WAVE出版)がある。