第4回 プライドをかけた修士課程入学

後に“修士論文の1章分”となる小論文を書き上げ、ポーランド語で学ぶ修士課程に自信をつけた私だったが、「次の年こそ必ず!」といったような特に具体的なプランもないまま次の1年が過ぎ、再び夏がやって来た。2017年の夏は1か月ほど日本で過ごすことになっていたので、修士課程をどうするかなんて悩みはどこへやら、ウキウキ気分で日本へと飛び立った。

 そんな日本で、久しぶりに会った友人の一人から質問をされた。

「そういえば、前にテレビ番組で言っていたけど、結局修士号は取れたの?」

実は2014年の2月か3月頃、外国に住む日本人を紹介する某テレビ番組に出演したことがある。番組出演の打診を受けた頃、私は現地で働いていたわけでもなく、特に番組になりそうなことなどしていなかったので、お断りする方向で話を進めようとしていた。それでも食い下がる電話口のスタッフさんについ、「秋からこちらの大学の修士課程に通おうと思っているんです」というようなことを口走ってしまったのだ。まさかその後途中で辞めることになるとは思わず、番組はその流れで作成されることに。確かに2013年秋に始めた勉強を続けていれば、2015年夏には修士号を取得できていたはずで、久々に会ったその友人も、ただ単に「そういえば」と思って聞いてきたのだろう。仕方のないことだったとはいえ、テレビで公言していたことをやり遂げていないことが急に恥ずかしくなった。この何気ない一言が引き金となり、「今年こそ絶対に修士課程に入ろう」と決意したといっても過言ではないだろう。

こうなると、残りの日本滞在中ふと頭に浮かぶのは修士論文のことばかり。テーマについては漠然とではあるが、大学の卒業論文で取り上げたポーランドの詩について、中でも大好きな詩人ヨアンナ・クルモーヴァのことについて書こうと決めていたので、ポーランドに戻る前に、論文執筆に使えそうな本を何冊か買って帰ることができた。

ポーランドに戻ってから迎えた2017年9月、行こうと考えていたアダム・ミツキェヴィチ大学ポーランド文学部のホームページで、「Polonistyka w kontekstach kultury(文化面におけるポーランド学科)」という名称を目にした。その専攻は、ポーランド学で学士号を取得した学生よりも、それ以外の学士号を持つ学生に、違った角度からポーランド文学・語学を見つめ直してもらいたい、というコンセプトの元に生まれたというではないか! ポーランド学の学士号を持っているとはいえ、外国語学としてポーランド学を専攻した私にとって、この専攻はぴったりだ。文化というからには、日本文化を比較対象としたポーランド学研究をしてもおかしくないのではないか。ポーランド語を母語とする現地学生の中に混じってポーランド文学・語学を勉強することに多少なりとも感じていた私の不安をかき消してくれるようにも思われた。

目指す専攻が決まってからはあっという間で、めでたく念願の修士課程入学が許可された。驚いたことに学生課では、入学手続き前から学生証が私を待っていてくれた。数年前、勉強を始めることになっていたのに開講されなかった年に作られたものが、そのまま残されていたのだ。幾分若く見える私の写真が貼られている。修士課程を志した時からずっとお世話になってきた学生課事務のタチアナさんも、「やっと勉強が始められるわね」とにっこり微笑んでくれた。

同じ専攻を選んだ同級生は全部で8人(男3人、女5人)いた。中にはポーランド学を勉強してきた学生もいたが、ジャーナリズムやフィンランド語、ハンガリー語などを専攻していた学生もいた。20歳近くも年の離れた仲間とどう接したらいいのか、なんてことも頭を巡ったが、思ったよりもあっさりと溶け込め、すぐに気軽に話ができるようになった。

今の日本の大学事情は知らないが、こちらではフェイスブックやグループメールが重要な連絡手段で、各学科、各専攻、それに加えて時には各授業によってもグループが作られ、それを使って連絡を取り合う。携帯電話がようやく普及し始めた頃だった私の学生時代にはとても考えられなかったことだ。フェイスブックを使ってクラスメイトの一人が作ってくれた専攻の“秘密のグループ”に入れてもらい、いよいよ私のポーランド学生生活がスタートした。

 

 

スプリスガルト友美/プロフィール
ポーランド在住ライター。翻訳にも従事。
娘は小学6年生になり、9月1日から例年通り学校が始まった。といってももちろんマスクや消毒などの“コロナ対策”がなされている。ポーランドでは3月半ばからずっとオンライン授業で、6月の終わりからはそのまま夏休みに入ったので、学校に通うのは実に半年ぶりだ。コロナウィルスへの不安もあるが、やはり友達や先生と会える学校での生活は楽しそうだ。このまま何事もなく学校に通えるといいのだが……。
共著『ポーランド・ポズナンの少女たち~イェジッツェ物語シリーズ22作と遊ぶ』(未知谷)
ブログ「ポーランドで読んで、ポーランドを書いて」