第7回 ポーランド文学の傑作とは?(その2)

前回に引き続き、私の通った“Polonistyka w kontekstach kultury(文化というコンテクストにおけるポーランド学科)”の目玉であった「ポーランド文学と言語 ― 傑作と呼ばれる作品について」という必修科目についてお話したい。

2年目に入り、第3~4セメスターは20世紀以降の現代文学が取り上げられた。印象的だったのは、その年にポーランド現代文学作家のオルガ・トカルチュクがノーベル文学賞を受賞したことだ。

授業では当然、彼女の作品が取り入れられることとなり、先生の解説付きで受賞者の作品を読むという贅沢な授業が行われた。取り上げられたのは、『昼の家、夜の家(Dom dzienny, dom nocny)』という、1998年発表の長編小説で、日本でも2010年に邦訳が出版されている。この小説には、軸となる主人公(語り手)とその周りの人々が主な登場人物として存在するが、それに加えて、その土地に関連する話が織り交ざり、1~数ページの短い話がパズルのようにうまく組み合わされている。他に邦訳が出ている『逃亡者(Bieguni)』(2007年)、『プラヴィエクとそのほかの時代(Prawiek i inne czasy)』(1996年)も同様の手法で書かれており、そのストーリーの組み立て方に興味をそそられた。

実は、東京外国語大学でポーランド語を専攻していたおよそ20年前にも、ポーランド人が同賞を受賞したことがあった。詩人ヴィスワヴァ・シンボルスカで、1996年のことだった。当時私は大学3年生。ポーランドの小学校の教科書に掲載されている詩について卒業論文を書くために、資料をまとめているところだった。もちろん彼女の詩も小学7、8年生の教科書に掲載されており、まるで知人が受賞したかのように心が躍ったのを覚えている。

そしてまたも、大学でポーランド文学を勉強している年に、ポーランド人ノーベル文学賞受賞者が出た。とても偶然とは思えないような気がしてしまった。

シンボルスカと同年代で、同じ年に文学賞候補に挙げられていたという詩人、ズビグニェフ・ヘルベルトの詩とエッセイも印象に残っている。シンボルスカとヘルベルトは友人としての交流があり、残された手紙による書簡集(『悪意ある神々が我らを残酷に嘲笑する。1955年~1996年書簡集(Jacyś złośliwi bogowie zakpili z nas okrutnie. Korespondencja 1955 -1996)』)が2018年に出版されている。その書簡集の中から、受賞後、ヘルベルトからのお祝いの言葉に対して書かれた返事の一節が紹介された。そこには「偉大なる詩人のスビシェック!もし私が受賞者を決める立場であったなら、今頃受賞者スピーチに苦労していたのはあなただったでしょうに……」とあった。手の届かない存在のように感じられる、素晴らしい文学者同士の人間的なエピソードに、心が温まる思いがした。

ノーベル賞といえば、ポーランドではこれまでに7人の受賞者を輩出しているが、そのうち5人が文学賞だ(後の二人はキュリー夫人(1903年化学賞、1911年物理賞)とレフ・ヴァウェンサ(1983年平和賞。日本では英語風に“ワレサ”という読み方で知られる))。

そしてその文学賞受賞者の中からチェスワフ・ミウォシュという詩人の作品も読んだ。『哀れなクリスチャンがゲットーをみつめる(Biedny chrześcijanin patrzy na getto)』、『カンポ・ディ・フィオーリ(Campo de fiori)』といった第二次世界大戦をテーマに書かれた詩を中心に授業が進められたが、私が東京での学生時代から気になっている詩も取り上げられた。『世界の終わりの歌(Piosenka o końcu świata)』1という詩だ。こちらも戦時下の1944年にワルシャワで書かれたという。

 

世界が終わる日

野の花の上を蜜蜂が飛びかい

漁師の直す網がきらきら輝き

陽気なイルカが海に飛び込む

 

と、美しい描写で始まるこの詩はとても戦時下で書かれたとは思えない。そしてこの詩は印象的な以下の二文で締めくくられる。

世界の終わりはこんなもの

世界の終わりはこんなもの

 

平凡な日が突如として世界の終わりに変わるという、恐ろしさが感じられる。コロナ禍の今改めて読み返してみると、胸に迫ってくるものがある。

この大学ならではと思われたのが、1980年代にアメリカに移住した、今は亡き詩人スタニスワフ・バランチャク(Stanisław Barańczak)の作品が取り上げられたことだ。著名な詩人であることに間違いはないが、何よりもこのアダム・ミツキェヴィチ大学で教壇に立っていたこともあり、縁が深いというのが理由だった。ポズナンを舞台にした児童文学“イェジッツィアーダ物語シリーズ”で知られる、児童文学作家マウゴジャータ・ムシェロヴィチのお兄さんでもある。シェイクスピアの翻訳を数多くしたことでも知られ、『翻訳の中で救われるもの(Ocalone w tłumaczeniu)』という翻訳理論をテーマにした著書があり、こちらは私自身がポーランド文学翻訳を考える上で大変参考になる書物となった。

この授業で読んだ文学作品の一部。ほとんどの本は図書館で借りていたが、手元に置いておきたくて購入した本も。

日本でも数多くの翻訳が出ているスタニスワフ・レムの作品にも触れた。ジャンルはSF。以前映画化もされている『ソラリスの陽のもとに(Solaris)』や、東京外大時代の恩師小原雅俊先生が訳された『エデン(Eden)』という小説を読んで以来、レム作品は哲学的で難しく感じていた。授業で読むことになったのは、1965年に出版されたロボットをテーマにした連作。ロボットがあちこちで活躍するようになった今の時代に読むと、半世紀も前に書かれたというのがとても信じられなかった。こちらも哲学的なメッセージが込められてはいるものの、ロボットの世界が身近に感じられ、楽しく読み進めることができた。

ポーランドで文学作品と呼ばれる作品の多くは、ポーランド人学生にとっては、小学校から高校までの間に読んだことのある作品だ。これまでに『パン・タデウシュ(Pan Tadeusz)』を3回も読んだ(読まされた?)という学生もいた。その中で、ほとんどの作品を初めて読んだ私は、授業中は受け身でいることが多かったが、最後は5人だけの少人数グループだったこともあり、通常よりも丁寧に解説してもらえたような気がする。2年間という短期間だったが、多様な文学作品に触れることができ、大変充実した科目だったことはいうまでもない。

最後に、この授業で取り上げられたポーランド文学作品を紹介しておく。邦訳が出ている作品も多いので、ご興味のある方の参考になればと思う。

 

3、4セメスター

<二十世紀~二十一世紀>

  • ユリアン・トゥヴィム(Julian Tuwim) ― 様々な詩
  • ヤロスワフ・イヴァシュキェヴィチ(Jarosław Iwaszkiewicz)『(Młyn nad Utratą)』、『尼僧ヨアンナ(Matka Joanna od aniołów)』(関口時正訳)、『菖蒲(Tatarak)』)
  • チェスワフ・ミウォシュ(Czesław Miłosz) ― 様々な詩(詩集『救い(Ocalenie)』など)
  • 邦訳『チェスワフ・ミウォシュ詩集』(関口時正・沼野充義編)
  • スタニスワフ・レム(Stanisław Lem)『宇宙創世記ロボットの旅(Cyberiada)』(吉上昭三訳)
  • ズビグニェフ・ヘルベルト(Zbigniew Herbert) ― 様々な詩(詩集『コギト氏(Pan Cogito)』など)、エッセイ(『少しばかりの静物(Martwa natura z wędzidłem)』、『庭園の野蛮人(Barbarzynca w ogrodzie)』)
  • ヴィトルド・ゴンブロヴィチ(Witold Gombrowicz)『コスモス(Kosmos)』(工藤幸雄訳)
  • タデウシュ・ルジェヴィチ(Tadeusz Różewicz) ― 様々な詩
  • スタニスワフ・バランチャク(Stanisław Barańczak) ― 様々な詩
  • リシャルド・カプシチンスキ(Ryszard Kapuściński)『皇帝ハイレ・セラシエ―エチオピア帝国最後の日々(Cesarz)』(山田一廣訳)
  • オルガ・トカルチュク(Olga Tokarczuk)『昼の家、夜の家(Dom dzienny, dom nocny)』(小椋彩訳)
  • 現代詩人の詩(ピョートル・ソメル(Piotr Sommer)、アダム・ザガイェフスキ(Adam Zagajewski)、ブロニスワフ・マイ(Bronislaw Maj)、ズビグニェフ・メンツェル(Zbigniew Mentzel)、マグダレナ・トゥリ(Magdalena Tulli))

 

*1 関口時正・沼野光義編『チェスワフ・ミウォシュ詩集』(成文社)所収、沼野光義訳(p.153)より

 

スプリスガルト友美/プロフィール
ポーランド在住ライター。翻訳にも従事。

今年の節分は2月2日だった。日にちがずれたのは実に124年ぶりだという。コロナ禍で、今年は絶対に豆まきをして“鬼”を追い払ってやろうと張り切っていたのに、その事実に気がついたのは当日になってからだった。慌てたものの、幸い乾燥インゲン豆の買い置きがあったので、かろうじて豆まきはすることができた。準備が整わなかった恵方巻きは、当初の予定通り3日になってしまったけれど。
共著『ポーランド・ポズナンの少女たち~イェジッツェ物語シリーズ22作と遊ぶ』(未知谷)
ブログ「ポーランドで読んで、ポーランドを書いて」