私の住む北ドイツのハノーファーには、世界最大規模の見本市会場がある。 空爆で破壊されたハノーファーに新たな産業が必要だと戦後、イギリス占領軍の指導のもと1947年に始まったもの。先日そこで大きな工業メッセ(展示会)があり、世界各国から約6500の企業が出展し、5日間の会期中に21万5000人が訪れた。日本企業の出展や視察も多く、私も毎年通訳している。
通訳者の中には「メッセはエンターテイメントだから」「視察は相性だから」という人もいる。えっ、通訳能力で勝負するものじゃないの、と驚いたが、通訳業は通訳能力以外のものを求められることが多々あるのだと、最近やっとわかってきた。
メッセ通訳の仕事内容は、 視察団と一緒に会場を回るか、日系企業のブースに常駐するかで大きく違ってくる。視察団と回る場合、アポイントがなく会場をぶらぶら見て歩くだけなら楽だが、商談や大臣との面談などがあると一気に難しく専門的になる。
ブースにいる場合、客が来なければ通訳の出番はなく、場合によっては1日5分しか通訳しなかったなんてこともある。暇だと手持ち無沙汰なので、 自然と出展者の人との雑談が花盛りとなる。大企業では雑談を禁止しているところもあるが、たいがいの出展企業はドイツの様子を知りたがるし、こちらも日本の様子がわかり興味深いのでつい話し込んでしまう。だから通訳能力より「話が面白い、人当たりがいい、おいしいレストランを知っている」などという要素が、評価されたりする。
自称通訳の問題もある。「私は通訳です」と言ってしまえば、大きなメッセなど通訳不足の場合、能力を問われることなく仕事が入る。特に外国では、通訳者の能力を事前に把握するのは難しいし、基本的に一期一会なので、どんなに下手な自称通訳にも仕事は来る。「すごいですねー、知りませんでした」と若い女の子がいえば、多少のミスは許してくれる日本のおじさんが多いのも事実である。だから「今回の通訳仕事がうまくいかなかったのは、相手との相性が悪かったから」という声が聞こえてくるのである。うまく通訳できれば、相性など関係なく、相手は満足すると思うのだが……。
何やら理不尽に感じていたが、国際会議の同時通訳レベルでない限り、その場その場で 通訳能力以外に、付属的なものが求められるのが現実なのだから仕方がない。通訳業は結局、お客さんがいてこその商売だから。会議や見本市、商談、観光など、各人の能力と性格に応じてさまざまな仕事がある。
ちなみにマイスター制度があり資格重視のドイツでは、厳密には大学の通訳・翻訳学部を卒業した人、または公的資格を持っている人しか、通訳者と名乗ってはいけない。少々語学ができるからと勝手に名刺に「通訳・翻訳者」と印刷するのは、詐欺なのである。
≪田口理穂(たぐちりほ)/プロフィール≫
1996年よりドイツ在住。在独ジャーナリスト、ドイツ州裁判所認定通訳・翻訳士。
メッセは確かにお祭りである。企業にとっては年に一度、他社と顔を合わせる機会であり、パーティをするために出展しているのではないかと思われるブースもある。私もメッセのときしか会わない通訳仲間が多々おり、毎回同窓会気分である。