地球スタイルで子どもを育てている、世界各地に在住のライターが独自の視点で綴ります。

第10回:一族郎党陣痛祭り/靴家さちこ

フィンランドでは3000グラム未満で生まれた新生児に対して、入院中に厳しい血糖値のチェックが入るという。予定日が迫りつつある中、私はお腹の子を3000グラム以上に産むべく、日々是怒涛のように食べて暮らしていた。

 

 大きく産んで、チェックを逃れる――そんな私の思惑とは裏腹に、次男の誕生を今か今かと待ち受けている人達がいる。その一人目の夫は、先週末の会議で、上司に指名された仕事を「妻が出産間近なので」と言ってつっぱねてしまい、その勇気ある言動は、痛く上司の気に障ったらしい。それでも、夫ほどの根性がすわった人なら問題ないだろうと、私は気にしていなかった。それよりも、出産で夫と私が病院に行っている間に海渡の面倒を見ることになっている義姉のことを考えると、彼女の仕事に支障がないよう、週末に産んであげなくては――とそちらの方が気にかかる。実際に、予定日前の最後の土曜日の午後、ステーキを完食して、義父を招いてコーヒー飲んでいる間に――義姉が駆け込んできた。

 

義姉は、「もう赤ちゃんが生まれる夢を見て、朝4時に起きたの。それで眠れなくなったものだから」と袋一杯のプッラ(菓子パン)を差し出した。それも、早速もぐもぐお茶で流し込むと、ただでさえ胎児に圧迫されている胃がパンパンに膨れ上がり、しゃっくりが出てきた。「これからサマーコテージに行くけど、まだ産まれないわよね」と言う義姉を送りだして「じゃあ、来週末に産まれてみる?」とお腹に語りかけると、中にいるヒトのやる気がわいてきたのか、お腹全体がピーンと固く張った。そして、その張りは、夕方以降に20分間隔で来るようになった。

 

夫と海渡と三人で寝る、キングサイズのベッドに横たわって、夫が本の読み聞かせを始めた頃。まだカチャカチャとケータイの時計を見てさりげなくお腹の収縮を計測している私に、「何やってんだ!」と夫のチェックが入る。「えーと、あの―、陣痛みたいな、そうでないみたいなものをちょっと......」としどろもどろに言うと、階下で静かに計測をするようにと促された。ほどなくして、寝付けなかった海渡を連れて、夫も階段を下りてくる。「それで、どうなんだ」「あの、あると言えばあるのだけど、もう引っ込んじゃったかも」実際に、お腹の収縮は、さっきまでは12分間隔で来ていたのに、今のところ20分過ぎてもまだやってこない。

 

3人連れだって寝室に戻ることを提案しようと思った矢先に、夫の口からこんな言葉がこぼれた。「陣痛が来て良かったよ。先週の会議で、上司からの仕事を断っただろ。これで近日中に生まれなかった日には、オフィスに居づらかったかも」――いくら根性の据わっている夫でも、さすがに無神経ではなかったのだ――これは、産まなくては。

 

海渡を寝かしつけ、夫から連絡を受けた義姉が息せき切って現れると、夫がおもむろに発言した。「変だと思われるかもしれないけど、僕もちょっと陣痛らしきものを感じている」そう言って、お腹に手をあてた。そんなアホな――と義姉を振り向くと、彼女もお腹をさすりながら「実は、私もよ」と苦笑する。一族郎党、陣痛祭り――私は観念した――もう、今日産むしかない。

 

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