第10回:一族郎党陣痛祭り/靴家さちこ
フィンランドでは3000グラム未満で生まれた新生児に対して、入院中に厳しい血糖値のチェックが入るという。予定日が迫りつつある中、私はお腹の子を3000グラム以上に産むべく、日々是怒涛のように食べて暮らしていた。
義姉は、「もう赤ちゃんが生まれる夢を見て、朝4時に起きたの。それで眠れなくなったものだから」と袋一杯のプッラ(菓子パン)を差し出した。それも、早速もぐもぐお茶で流し込むと、ただでさえ胎児に圧迫されている胃がパンパンに膨れ上がり、しゃっくりが出てきた。「これからサマーコテージに行くけど、まだ産まれないわよね」と言う義姉を送りだして「じゃあ、来週末に産まれてみる?」とお腹に語りかけると、中にいるヒトのやる気がわいてきたのか、お腹全体がピーンと固く張った。そして、その張りは、夕方以降に20分間隔で来るようになった。
夫と海渡と三人で寝る、キングサイズのベッドに横たわって、夫が本の読み聞かせを始めた頃。まだカチャカチャとケータイの時計を見てさりげなくお腹の収縮を計測している私に、「何やってんだ!」と夫のチェックが入る。「えーと、あの―、陣痛みたいな、そうでないみたいなものをちょっと......」としどろもどろに言うと、階下で静かに計測をするようにと促された。ほどなくして、寝付けなかった海渡を連れて、夫も階段を下りてくる。「それで、どうなんだ」「あの、あると言えばあるのだけど、もう引っ込んじゃったかも」実際に、お腹の収縮は、さっきまでは12分間隔で来ていたのに、今のところ20分過ぎてもまだやってこない。
3人連れだって寝室に戻ることを提案しようと思った矢先に、夫の口からこんな言葉がこぼれた。「陣痛が来て良かったよ。先週の会議で、上司からの仕事を断っただろ。これで近日中に生まれなかった日には、オフィスに居づらかったかも」――いくら根性の据わっている夫でも、さすがに無神経ではなかったのだ――これは、産まなくては。
海渡を寝かしつけ、夫から連絡を受けた義姉が息せき切って現れると、夫がおもむろに発言した。「変だと思われるかもしれないけど、僕もちょっと陣痛らしきものを感じている」そう言って、お腹に手をあてた。そんなアホな――と義姉を振り向くと、彼女もお腹をさすりながら「実は、私もよ」と苦笑する。一族郎党、陣痛祭り――私は観念した――もう、今日産むしかない。