地球スタイルで子どもを育てている、世界各地に在住のライターが独自の視点で綴ります。

第11回:鼻で吸って口から吐く、笑気ガスの極意を習得/靴家さちこ

夜中の2時を過ぎ。私は身の回りの支度を整え、夫の運転でキャティロオピストを目指した。病院の産科のフロアにたどり着くと、部屋が空くまで待合室で待たされ、ほどなくしてお産待ちの部屋に通された。病院からパジャマとガウンを借りて、お腹の周りに胎児の心拍数を測る計測器が取り付けられ、私はベッドに横たわった。

 

お産はなかなか進まず、痛みもなかったので翌朝8時まで寝てしまった。夫は一睡もせず朝を迎えたらしい。昼間に回診に来た医師が、一度家に帰ってはどうかと言いかけると、夫がトンデモナイ、産みます!と私に代わって宣言した。ついに夕方回診に来た医師から、陣痛促進剤が処方され、分娩室へ移動。いよいよ......である。日本で陣痛促進剤を使った私の姉は、「すっごく痛かった」と言っていたので、私はもうどんなことになってしまうのやら、気が気でなかった。

 

が、それでもなかなか進まず、時刻は夜の8時。再び回診に来た医師が私との合意の元、人工破水の処置をした。このあと、痛みはすぐさま拡大した。「ねぇ、ちょっと、痛いんだけど」夫をつつくと、助産婦さんを呼んでくれた。この時の担当の助産婦さんは、二人とも若いのに英語がしゃべれないと言うので夫がカツを入れると、そのうち一人が単語と単語をつなぎ合わせて、英語で笑気ガスの使い方を説明してくれた。

 

鼻で吸って、口から吐く――これが結構、難しい。ちょっと考え事などをすると、すぐに逆をやってしまう。「効いてきたみたい。ありがとう」と助産婦さんに礼を言った。が、5分もすると痛みが増す。再び夫が呼びに行くと、「あらら」と器具をいじりながら助産婦さんが言う。なんと、ガスなど最初から全然出ていなかったのだ。「なんだ、効いていたような気がしてただけなのね、イテテテ」

 

そして、今度こそ、本格的にガスの吸引に取り組む。先ほどの医師が、無痛分娩を始めるにも、適度な痛みは必要なので十分痛くなってから声をかけるようにと言っていたので、十分痛いってどれくらいの痛さだろうと考えていると、鋭い痛みが下腹部を走り、私は、吸引マスクを放り投げた。床からマスクを拾い上げ、夫が私の顔を覗き込む。「痛いんだってば!」と叫ぶと、「そりゃ、痛いだろうよ。で、どうしてほしいの?」と諭しかけた夫の肩をぐいとひっつかんだ。つかんだ勢いで、私は半分夫によじのぼる。

 

――(子宮口が)開いている!――そう思い、とっさに叫んだ。"It's  opened(開いてます)!!"

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