第6回:朝に産んでもいいですか?/靴家さちこ
陣痛が来た――よりによって麻酔医のいない日曜日に。痛みが本格的になるまで待って、私達は夜中の2時に家を出た。タクシーを拾い、A病院を目指す。先に連絡を入れておいたので、受け入れはスムーズだった。が、担当の助産婦さんが、早速日本語で私だけにテキパキと話すので夫がストップをかける。"Do you speak English ?"間髪いれずに「ノー」と助産婦さん。「あの、スイマセン、わざわざ事前に紙に書いて、英語での対応をお願いしてあるんですけど。イテテテ」痛みを伴った私の怒り顔はなかなかの迫力だったに違いない。一陣の風となって、助産婦さんは走り去った。
――役所で、コンビニで、宝石店で、ありとあらゆる場所で夫がぶつけてきた"Do you speak English ?"に、悪びれもせず「ノー」と即答し、「すみません、お連れ様が通訳をしていただけますか?」と私をただ働きの通訳者として使ってきた英語非対応の日本人の面々が、走馬灯のように駆け巡る。その上、こんな人生の一大事の場面でも夫の通訳係をするのかと思うと、もう、ちゃぶ台でもひっくり返したい気分だった。
そして、やっと英語が堪能な助産婦さんが入ってきたところで、早速本題に入る。「あと何時間ぐらいで産まれそうですか?」「さぁ、あと5時間か7時間ぐらいはかかりそうですね」「今、もう月曜日ですよね。麻酔医さんは何時にいらっしゃるんですか?」「9時頃ですね。でも、もうその頃にはご出産なさっているはずです」ガーン。やっぱり私は"自然分娩"で産むのだ。この期に及んでまだ覚悟が固まらず、動揺する。
「無痛分娩できないの?」雰囲気を察して夫が口をはさむ。「イテテテ、麻酔医が朝9時にならないと来ないんだって」と身をよじりながら答えると、「おい、君ッ!なんとかならないのか!痛がっているじゃないか!」夫が、助産婦さんに食らいつく。「ですから、麻酔医が......」「そんなもんいなくったって、設備や薬はあるだろう。君がなんとかできないのか!」「本人がどうしても必要だと言っているんですか?ご主人の意に従って処方するものではありませんよ!」――助産婦さんも負けてはいない。「イテテテ。あの、何でもいいですから、何か処方していただけますか?」慌てて間に入った。
ほどなくして、助産婦さんが筋肉弛緩剤を投与してくれた。これは、和痛の処置であって、波のように交互でやってくる痛みと痛みの軽い期間のうち、痛みの軽い期間中に体がリラックスする効果を増大させるものだという。――これが、利いた。「イテー、もうダメ、イテテー」と叫んだかと思うと、その次にはほろ酔い気分が気持ちいい。と同時に、眠気も襲ってきた。胎児用モニターを覗き込んで、助産婦さんが眉をひそめる。「すみません。赤ちゃんが寝てしまいそうなので、もういきんでください」「ふみまふぇん、わらひもねむひんれふけろ、はさにふんれもいいれふか(すみません、私も眠いんですけど、朝に産んでもいいですか)?」