地球スタイルで子どもを育てている、世界各地に在住のライターが独自の視点で綴ります。

第9回:食べろ!経産婦/靴家さちこ

フィンランドの保健センターの最後の健診の日。「日本でもう一人産んでいるんだから、同じことよ」と保健婦が微笑むと、夫が「ちょっと待った」をかけた。

 

「あなたは、あなた自身が外国に住んでいたことがあるというのに、そんなことも分からないのか! 日本とフィンランドの出産の違いは、昼と夜ほどの差がある。日本では自然分娩が主流で、お願いしてお願いしてやっと痛み止めの処置がしてもらえるんだ。うちの奥さんは、フィンランドで初めて無痛分娩を体験することになる。一人目と一緒だなんて、そんな気楽なことを言わないでほしいッ」

 

一気にまくしたてる夫に気押され、ぽかんと口を開けたままの保健婦を見やると、眼鏡の奥で、細くて小さな眼が――釣り上がっていた。「そんなに言うなら、事前に病院見学と医師との面談をお勧めします」といつものおとぎ話の声より2オクターブ低い声で言うと、保健婦は病院の連絡先が書いてあるメモを私に手渡した。

 

ちなみに、ケラヴァの近くで出産入院の設備がある病院は、キャティロオピストとナイステンクリニッカの2か所だけで、両方ともヘルシンキにある。ヘルシンキ在住の日本人友達に会うと、みんな口々に「出産はケラヴァの病院で?」と聞いてくる。それに対して私が「いや、ヘルシンキで」と答えると、皆一様に驚いた。当然だろう。私だって日本の感覚から言えば、埼玉に住んでいる人間がお産のため東京まで車でぶっ飛ばしてくるなんて、ちょっと考えられない。幸いケラヴァからでも、多く見積もって車で20分で行けるという。それでも、一応経産婦なので、車の中で頭が出ていたとかいう事態にならないように気をつけなくては!――「慌てないで、ゆっくりね」――私はお腹に語りかけた。

 

1月某日、夫もそこで生まれたという、キャティロオピストに電話して英語による院内見学ツアーについて問い合わせると、ツアーは2月の末に予定されているという。「スイマセン、予定日が3月3日なので、それでは遅すぎると思うんですが・・・・・・」と1月中、もしくは2月上旬の可能性を問うと「生憎、それほど多くの外国人の出産予定が見込まれていないため、ありません」とのこと。私はツアーに参加することは断念して、夫の付き添いのもとで医師との面談をし、病院の中をぶらぶら歩いた。

 

さて、そんなことをしているうちにエックスデーは刻一刻、と近づいてくる。私は、日本のように厳しい体重管理がないのをいいことに、夜中に一度は起き出してきてはラーメンをすすっていた。昼間はラーメンのみならず、天ぷらでもお鮨でもそれはもう、積極的に食べていた。ただ、これには理由がある。フィンランドでは3千グラム未満の新生児は、身体が小さめということで、病院での血糖値のチェックが厳しくなると聞いていたのだ。この段階での私の体重は、長男がお腹にいた頃と同じ10キロオーバー。長男は2960グラムで生まれてきた。予定日まであと1週間強。もっと食べなくては――私は、週末のランチに、ステーキ100グラムをおかわりした。

当サイトでは、各国在住のライターが現地発で、子育てや教育に関する情報やエッセイを発信しています。

【各媒体の編集者さま】

原稿や企画のご相談は、ご用命希望ライター名を明記のうえ、お気軽にメールにてお問い合わせ下さい

■サイト運営・管理人

   椰子ノ木やほい

■姉妹サイト

  海外在住メディア広場