ライタープロフィール
カナダ在住12年目。カナダでも最も美しい街と言われるバンクーバー島の首都ビ クトリアで留学エージェント、ウエディング、イベントコーディネータ、翻訳者、TV取材コーディネータとして活動。ソーシャルメディア中毒で、Twitter(http://twitter.com/YukariP)、Facebookなどで様々な人との交流を楽しんでいる。
二児の母でもあり子育て、教育情報にも興味あり。「清流」「ジャパニーズインベスター」「ケイコとマナブ」「FYTTE」「マガジンアルク」「月刊クーヨン」各誌に記事提供。「今日から英語でTwitter」にて英語のつぶやきも提供。
NHK
BS 「地球アゴラ」‐リサーチャー
TV大阪「エネルギーの選択~あすへ生きる子供たちのために~」‐ビクトリア・バンクーバーロケコーディネート。
翻訳/通訳は 英語→日本語、日本語→英語 が可能。

コーディネータ、通訳・翻訳、フリーランスライター、支援教育アドバイザー。
大学在学中に米ジョージア州へ交換留学。卒業後、外資系広告代理店にてCM・広告づくりに従事。一度はフツーの奥様となるが20代で夫が急逝。再起をかけて米ニューヨーク州コーネル大学へMBA留学。が、ベルギー人の現夫と出遭い、$に血眼になる学生や教授陣にあっさり見切りをつけて、ルーバン大学(ベルギー)へ転校、そのまま住み着いて今日に・・。
子宝に恵まれず、先端生殖医療に挑むが徒労に。それならと、国際養子縁組に踏み切ったところ、ベトナムから迎えた息子は超重度身心障害児。むくむく立ち直って、障害を持つ孤児の養子縁組を支援する「ネロとパトラッシュ基金」設立(かの有名な童話「フランダースの犬」はベルギーが舞台!)障害児を持つ家族へのこの社会の懐の深さに感動し、障害児の療育や教育について調べ、学び、その経験と知見を発信し始める。昨年、英国シェフィールド大学で「子供における言語およびコミュニケーション障害」(言語学・心理学・教育学・脳神経医学の学際領域)についての専門コースを履修。子供の心身の発達や言語習得のメカニズムを始め、自閉やアスペルガー症候群を含む広汎性発達障害、注意欠損や多動、学習障害などについて世界の最新知識をゲット。バイリンガルどころかマルチリンガルがごく当たり前のベルギーで、娘(彼女もベトナムからの養女)を実験台に、母語三言語(うちでは、仏英和)の可能性にチャレンジ中。
得意分野は「不妊治療」「少子化問題」「教育、支援教育、障害児療育」「子供と医療」「多言語習得」など。
9 0年代始めから、ベルギービールの日本向け輸出の先駆者として奮闘してきたものの、二度の乳癌をきっかけに、2007年4月、セミ・リアイア。家庭菜園と愛犬を楽しむスローライフ実践中。
フリーランス・ライター
大学でフィールド研究を中東欧に定めたのをきっかけに、人生までどっぷり研究対象にすべく(?)ポーランド人の現旦那と結婚。その後、子供二人を日本で出産後、3歳と1歳の子供たちをつれてドイツに移動。
さっぱりわからないドイツ語に振り回されながら、子供を現地の幼稚園に通わせ、泣き笑い育児を3年ばかり展開。2004年にはポーランドに移住。働いている母親が多い国のため幼稚園も預かり時間が長いのをいいことに、私も子供たちを幼稚園、学校に送ったあと、現地の日系企業でOL(通訳から不動産探しまでやる何でも屋)をやることに。
現在は私より完璧なポーランド語を操るようになった子供達を横目で見つつ、ポーランドの四方山話を雑誌やWebにて展開中。
フリーランスライター/コーディネーター/翻訳・通訳
横浜生まれの横浜育ち。東京の出版社/旅行情報提供会社に8年間勤務。海外への取材旅行に明け暮れる生活に終止符を打ち、1998年にニュージーランド最大の町、オークランドへ。1789年にタヒチ沖で起こった"バウンティ号の反乱"の首謀者を祖先に持つ、アーティストであるニュージーランド人の現夫と結婚する。
オークランドでも博物館勤務、地元日本語誌2誌の編集者・編集長として仕事一筋。友人の間でも有名な「子ども嫌い」だったが、今では2002年に授かった娘が宝物。人間変わろうと思えば変われるものである。
ニュープリマスに引越してからはフリーランスライターとして執筆活動を続行。環境教育を日本経済新聞に、自然派子育てを『ロハスKids』に、「海外子育て三種の神器」や子育て支援組織プランケットについてを『Magazine
子どもとその家族に優しいニュージーランドからお届けしたい情報は;①多様なチョイスが存在する出産・育児シーン ②経済的負担の少ない出産・育児 ③出産・育児のサポート組織の充実 ④出産・育児とも自分流を追求できる環境 ⑤母親が働くことが前提の社会 ⑥自然派出産と育児/一般校での環境教育の浸透 ⑦親と教育機関の密接なつながり ⑧横割り勉強法、「リッチトピック」 ⑨年齢の違う子同士のかかわり ⑩独特の教育機関の存在(エンバイロスクール、先住民マオリのコハンガ・レオ/クラ・カウパパ・マオリ)、など。
せっかくニュージーランドで育てるのだからと、娘を1学年1クラスしかない田舎の学校に通わせる。生徒、親、教師、コミュニティが一体になった環境で、すくすくと大きくなる彼女の姿に、この国で子どもを育てられてよかったとしみじみ思う毎日。
ライター、クローディアー真理の「もっとNZを知ってほしい!」(http://nzwriter.web.fc2.com/)
フリーランスライター。
1970年生まれ。大学卒業後、企業に就職するも2ヶ月で退職。慌てて採用試験を受け、養護学校の英語教員となるが、2年目の秋に結婚退職して渡英。一年後帰国し、英語を生かして秘書職をゲット!のはずが、採用決定の電話を受けた日に妊娠発覚・・。
以後、ママ生活12年。その間、翻訳を学び、これまでにオンラインで2冊出版(共同訳)。2007年8月よりラオス・ビエンチャン在住。何をしてもされてもボーペンニャン(don't mind!)な人たちに囲まれ、これまでの常識をひっくり返されまくりの毎日。最近は何が起きてもさほど驚かない。
長女(11歳)と次女(7歳)のインターナショナルスクールライフに、ずるずると引き込まれ、様々な行事に巻き込まれ、PTA会議の常連となりつつある。常に左腕に長男(2歳)を抱えて・・・。
英国在住中のBSEショックから、牛肉および牛関連食品の摂取をやめたのをきっかけに、ちょっとだけマクロビ生活を実践中。
ウェブや雑誌で執筆中。得意分野は、育児、教育、食、環境。現在ラオス語を勉強中。

在フィンランド・フリーライター/ジャーナリスト&二児の母。
1974年新潟生まれの埼玉育ち。5歳から7歳までをタイのバンコクで暮らし、16歳から17歳までをアメリカのノースダコタ州で過ごす。青山学院大学文学部を卒業後、アメリカ系企業、フィンランド系企業を経て、フィンランド人の夫との結婚、長男の出産の後に、フィンランドへ移住。
常夏の国タイでのエキゾチックな海外体験が気に入って海外生活を目指していたというのに、いざ日本を出てみるとご縁があるのは北緯50度以上の寒い国ばかり。最近では開き直って、冬季はバナナで釘を打つのを趣味としている(ウソ)。
ジャーナリストとしての活動は、NPO法人ufp にて。『AERA With Kids』『AERA With baby』『マガジン
自サイト:「From Kutuke」

小学校・中学校時代をアメリカで過ごした帰国子女。大学在学中ハワイへ留学。
卒業後香港ベースの航空会社に入社。フライトでもホリデーでも世界中を飛び回り、訪れた国は53カ国以上(世界旅行)産休中も大きなお腹を抱えて妊婦トラベラー(「飛んでる妊婦!」を自費出版)長男出産後退職するが、旅好きは変わらず、今でも幼児二人を連れ、世界のあちらこちらに出没している。(子連れ旅行ブログ)
香港の日本人ママ向けサークルの委員、育児サイト「香港ママの便利帳」を立ち上げる。語学学校で香港の子どもたちに日本語を教えていたこともある。
フリーランスでライター・翻訳・通訳。ニュージーランド人の夫と香港生まれの子ども2人と香港の離島在住。
現在は、「香港に日本語補習学校を設立」を目標としている。

日本で新聞記者を経て、1996年よりドイツ在住。ハノーバー大学社会学修士。ドイツの生活事情や環境、育児、オーガニックなどについて、「婦人公論」「べジィステディゴー」「日経BP社・エコマム」「信濃毎日新聞」などで執筆。 NPOごみ・環境ビジョン21の「理穂のドイツ便り」でエコ事情について報告しているほか、エコツアーや教育視察ツアーのコーディネート・通訳も。共著に「ニッポンの評判」(新潮新書)。
2007年にドイツで男の子を出産。暇にまかせて、育児サークルやベビースイミング、音楽教室に参加。生後まもなく子ども部屋に寝かせるドイツと、いくつになっても親と寝る日本の違いが、なんとなく理解できるようになったきょうこのごろ。
夫はドイツ人とギリシャ人のハーフで、バイリンガル。夫がギリシャ語、私は日本語で子どもに話しかけ、夫婦の会話はドイツ語。三重国籍の子どもがトライリンガルになるか、もっか実験中。
18歳までもらえる子ども手当や、育児休業中に給料の69%が保証される親手当など、子育てしやすい環境作りに尽力しているドイツ。自分の体験を交えながら、ドイツならではの出産・育児事情をお届けします。
ブエノスアイレスで日本語とスペイン語関係なら何でも屋。
1991年よりアルゼンチンの首都ブエノスアイレス在住。滞在10年後知り合ったバスク系アルゼンチン人旦那との間に子供が二人の四人家族。
やっと最近子育てが軌道にのってきたかなと思う。娘達は小学一年生と二年生のやんちゃでおしゃまな日本人アルゼンチン人という自覚ありのバイリンガル。通訳や翻訳、語学教育の専門家のつもりが、娘達の二つの言語の操り方には舌を巻く毎日である一方で、私がそうであったように、将来、アルゼンチンや日本という---人、という国籍に関係なく、自分というアイデンティティをこの子達がみつけていってくれるように願う。
バイリンガル子育て、スペイン語日本語オモシロ会話、アルゼンチンをはじめラテンアメリカの教育観、子供からみた国や歴史、文化、子供を取り巻く習慣などを書いていけたらと思う。
カナダ・バンクーバー在住のフリーランスライター、記者、翻訳者、3児の母。
今や末っ子が8歳、3年生。3人とも就学年齢に入ったため、ここ数年は学校のことが一番の関心事。子どもに関する執筆内容もカナダの学校生活、子どもたちに関する内容が増えた。
特に、この秋から長男は8年生でセカンダリースクール(8年生から12年生まで)に進学。今後はカナダのティーンエイジャーの事情もレポートできればと思っている。
執筆、記者業では、子育て事情やまっぷるマガジン『カナダ』などの旅行ガイド、留学事典での学校取材から、インターネットセキュリティ、インタビュー(日英)まで、多岐にわたってこなす。「地球はとっても丸い」プロジェクトの運営、編集スタッフ。
1976年東京生まれ。ライター、翻訳者。
東京外国語大学でポーランド語を専攻し、卒業後、翻訳会社に就職しましたが、ポーランドの児童書翻訳の夢をあきらめきれず、ポーランドへ留学。そこで、ポーランド人である夫と出会い、2002年に結婚。以来ポーランド西部のポズナンに住んでいます。
そして2008年8月、待望の第一子である長女をポーランドにて出産しました。まだまだ初めての育児に一喜一憂しているところですが、娘が日々成長していく姿をとてもうれしく思っています。
翻訳したいと思う児童書も、「日本の子どもたちに喜んでもらえそうな本」から「娘が喜びそうな本」へと変わりました。娘と一緒に本を読む日が今から楽しみです。
ライターとしては、これまでに、ポーランドの本や料理、生活全般について書いてきましたが、これからは、ポーランドでの妊娠生活、出産体験、日々新しい発見のある子育て生活についても書いていきたいです。
自身に子どもはいないけれど、スウェーデン移住後、いっしょに語学学校に通った友
夫婦のマタニティ講習会、出産事情、コミューン(行政区)の出産育児サポート体制や保育園の情操教育など、ここならではのエピソードがいろいろ聞こえてきます。
異文化間のギャップをしなやかに乗り越えてゆく
元気一杯の父母と子どもの様子をレポートします。
2000年よりブラジル、リオデジャネイロ在住
ブラジル、日本国籍を持つ息子は、渡伯3年目に授かった。日本とは違うブラジルの医療、教育事情に翻弄されながらも、大らかなブラジル人気質にもまれて何とか子育て奮闘中。
フリーのライター、カメラマンとしてブラジル情報を日本の雑誌、サイトなどに発信。経済、ファッション、芸術、文化など幅広く取り扱う。個人ブログ

ママ歴は2年5ヶ月。得意分野はファッションをメインに、旅、ライフスタイル、サブカルチャー、インテリアなどだったが、出産後は、「おはよう赤ちゃん」、「日経キッズ+」、「milk」などの育児雑誌を始め、多くの一般女性誌からの、イタリアの出産&育児事情やイタリアのママ取材の依頼も増えて、新しいフィールドも開拓中(?)。
出産予定日まで仕事をし(9日遅れで出産)、出産10日後には仕事に復活。夫と夫の実家の協力も得ながら、育児と仕事の両立をたくましく続ける。母乳保育から現在はオーガニックとホメオパシーを中心としたナチュラルな育児がテーマ。
日本では大学卒業後、編集者として出版社に勤務。女性誌、男性誌の編集に携わった後、97年に渡伊。現在はミラノでフリーのライター、編集者として(時にはコーディネーターやカメラマンとしても)活動中。
フリー・編集ライター。96年からパリ在住。ライターとして日本のメディアに寄稿しながら、パリ発日本語情報誌『ビズ』の編集長を務める。
2002~2007年はフランスに住む日本人パパ&ママを応援する在仏の子どものいる日仏・日日家庭向け『ビズ・ファミーユ』を発行。現在はエコ・ロハスをテーマにした『ビズ・ビアンエートル』を編集し、同誌にて、かなりユニークな性格・行動をする6歳の一人息子を連れて、日仏の児童心理士、精神科医、精神分析医等の間を転々とする子育て体験記『川の流れに心は青々』を連載中。
ライター•コピーライター•コーディネーター。2007年から翻訳も手がける。1971年生まれ、宮崎県出身。立教大学文学部卒。仏外資企業日本支社で広報に従事後、インテリアコーディネータを経て執筆業に携わる。2004年に渡仏。2007年11月に待望の第一子を出産。いまのところまだまだ新米ママといったところですが、フランス風の奔放な教育精神にのっとり、かつ日本人のエスプリを失わない賢母を目指して健闘中。ここのところ最愛のベベが地球の中心になっている日々を『フランス日記Journal from France2 』に綴っています。
2002年(日本)、2008年(ネパール)生まれの男の子たち、旅行会社を営む現地人夫とカトマンズで4人暮らし。
教育、医療、衛生面など、何をとっても育児に適したよい環境とは言いがたいネパールで、ホメオパシー、マクロビオティック、シュタイナー教育など直感に響いたものをいいとこ取りして、自然に即したネパール流育児を楽しむべく奮闘中。
現地校(ネパール語・英語)と日本語補習校に通う子どもが、言語の習得、文化継承、国籍選択も含め、どのように成長していくのか見届けたい。
ネパール日本こども図書館にて、ワークショップ開催、環境教育活動にもボランティアで携わる。
マガジンALC、ソトコト、JAちゃぐりん、Japan Times Jr.、日経BP社「エコマム」、からだにいいこと、その他WEB媒体などに寄稿。旅行・撮影関係の広報、企画、リサーチ、コーディネート業務も行う。
翻訳者、ライター。得意なテーマは比較文化、比較言語、帰国子女、転勤族、移民、マルチリンガル、ミックスルーツ、ワーキングマザー、子供の発達障害、国際スポーツ、国際金融、売買契約、ライセンス契約など。 家族は夫と4歳になる息子1人。妊娠中に日韓のマタニティライフの違いを経験。生後に日本上陸した息子は今、都内でも特に多様性あふれる地域の素晴らしい保育園に通っている。 2~3年ごとに続く転勤。移動族として、楽しいことも多いが、悩ましいこともしばしば。変化と適応の連続を体験しつつ、言語、文化、民族、地域の多様性の中で、育児について考えていきたい。 実はこの春から夫が地方都市へ初めての単身赴任!毎月新幹線に乗って子連れ通い妻生活を始める。落ち着かない人生、次はどこへ行くのやら、定住する日が果たしてくるのか?

子育ての面では、独身生活では知り得なかった新たな「ダイナミックなアメリカ」を発見し、「へー」「ほー」の連続。また、バイリンガルな子供たち(2歳と4歳)と、そんな息子に負けてはいられん!と日本語を勉強し始めたアメリカ人の夫が生み出す日米ちゃんぽん語に吹き出しつつ毎日を送っている。
著書に『極楽西海岸の暮らし方(共著/山と渓谷社)』、『派遣の花道(WAVE出版)』、『アメリカでママになっちゃった! (TOKIMEKI出版社)』などがある。
育児系では、家族と自然にやさしい暮らし「エコマム」にてコラムを連載中。
フリーライター/フォトグラファー。2005年より、英国ロンドンへ移住。
一歳半になる小さな息子を小脇に抱えて、ファッション、デザイン、ライフスタイルの分野で取材、撮影、執筆に奮闘する毎日。素敵なママ『ヤミーマミー』を目指すも、ダイエットにはいつも失敗。キッズファッションやロンドンの子ども部屋案内ならおまかせ!
日々のあれこれについてはこちら。
カリフォルニア大学アーバイン校卒業後、オレンジカウンティ・レジスター新聞社(ピューリッツァー賞受賞)に勤務。オレンジカウンティ・ビジネスジャーナルでは、日系企業に関する取材記事を英語で執筆。南カリフォルニアで、不妊治療を経て高齢出産。6歳と3歳の男の子を育てている。

デンマーク・ロラン島在住のライター、ジャーナリスト、コーディネーター。
ロラン市地域活性化委員、デンマーク・インターナショナル・プレスセンター・メディア代表メンバー。
現在13歳の男子をフランスで出産、子育て。現地の公立小学校から私立中学校に進むが、軽い登校拒否に。その後、音楽学校に半日、公立の中学校に半日というペースになり、今は幸せそう。母子の関係に悩み、精神分析に2年通った経験あり。
「毎日、家族揃って夕飯を食べよう!」を目標に、1997年、4人(12歳、9歳、8歳、5歳)の子どもたちを引き連れて、南太平洋に浮かぶ小国サモアに家族で移住。大自然の中でののんびり、ゆったり子育てにチャレンジ。言葉や異文化の壁と戦いながらもヒューマニティあふれる南国生活を4年間楽しむ。
2001年より、アメリカ・ミシガン州在住。4人の子どもたちは、アメリカの公立学校、州立大学で学んでいる。
今までの体験を交えつつ、日本、サモア、アメリカと比較しながら母の視点で、子育てに関するコラムやエッセイを新聞や雑誌などに寄稿。
世界各国に在住のライターたちと日本のメディアのみなさんが出会う場所、「海外在住メディア広場」の運営・管理人、「地球はとっても丸い」プロジェクトの運営、編集スタッフも務めている。